発達のとびら 発達障害の情報を、ひとつの入口から

歴史上の人物への「後付け診断」について

「アインシュタインも発達障害だった」。励ますつもりで語られることの多い話です。ただ、これは事実として確かめられないうえ、当事者にとって重荷になることがあります。

かんたんにいうと

  • むかしの有名人が発達障害だったという話があります。
  • でも、それはたしかめる方法がありません。
  • 「才能がないとだめ」という気持ちにさせることもあります。

よく見かける話

アインシュタイン、モーツァルト、エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、坂本龍馬。「この人も発達障害だった」という話を、一度は目にしたことがあると思います。

多くは善意から語られます。「だから大丈夫」「だから才能がある」と励ますためです。

ただ、本サイトではこれを事実として扱いません。 理由を書きます。

事実として扱えない4つの理由

1. 診断は本人を診なければできない

発達障害の診断は、本人と会い、生育歴を聞き取り、行動を観察して行われます。DSM-5-TRの診断基準も、本人の現在の状態と発達初期の状況を確認することを前提にしています。

伝記の記述から診断することはできません。 これは技術的な限界ではなく、診断という行為の定義の問題です。

2. 伝記の記述そのものが当てにならない

「アインシュタインは言葉が遅かった」といった逸話は、多くが後年に語られたもので、本人や同時代の記録で裏づけられていないものが混ざっています。

有名人の逸話は、語り継がれるうちに強調され、脚色されます。診断の材料にするには、素材が弱すぎます。

3. 診断基準は時代とともに変わる

たとえば「アスペルガー症候群」という呼び名が広まったのは1981年ですが、DSM-5(2013年)とICD-11で自閉スペクトラム症に統合され、いまの診断基準には残っていません。

過去の人物を、その人が生きた時代には存在しなかった基準で分類することの意味は限られます。詳しくは診断名の変遷をご覧ください。

4. 反証できない

「アインシュタインは発達障害ではなかった」ことを証明する方法もありません。確かめる手段が原理的にない主張は、正しいとも間違っているとも言えません。

そういう話を「事実」として並べることは、情報を扱う態度として適切ではないと考えています。

それ以上に気になること

事実かどうかとは別に、この種の話が当事者にどう作用するかという問題があります。

「才能がないと価値がない」という圧力になる

天才のリストを見せられた子どもが受け取るメッセージは、しばしば「特別な才能を出さなければ、自分には価値がない」です。

実際には、発達障害のある人の大多数は、突出した才能で知られているわけではありません。日々の困りごとに向き合いながら、ふつうに暮らし、働いています。それで十分です。

支援の必要性が見えなくなる

「発達障害の人は天才肌」というイメージが広まると、支援が要る人が見えにくくなります。

「才能があるんでしょう」「うちの子は天才じゃないから違う」——どちらも、必要な相談を遅らせる方向に働きます。

サヴァン症候群についての誤解

映画などの影響で、「自閉症の人は驚異的な記憶力や計算能力を持っている」というイメージがあります。

こうした特別な能力(サヴァン症候群)が見られるのは、自閉スペクトラム症のある人のうちごく一部です。大多数には当てはまりません。

このイメージが強すぎると、能力を期待されて苦しむ人と、「そうではないから自閉症ではない」と見過ごされる人の、両方が生まれます。

では、何を見ればよいか

本人が公表している事例を見てください。 そこには、診断に至るまでの経緯、困っていること、助けになったことが、本人のことばで語られています。

推測の一覧より、確かめられる1人の話のほうが役に立ちます。

本サイトの発達障害を公表している人は、本人の公表が確認できたものだけを、出典つきで掲載しています。

出典

最終更新 執筆 sin(ADHDとASDの兄弟を育てています。)